【まごころ通信】 第9話 お箸の国に生まれたから。 by小峰裕子

日本人にとって箸は誕生(生後100日のお食いはじめ)から葬送(骨上げ)、お供えのご飯の箸立てまで、実に長いお付き合いです。「箸は命の杖」とも言われる所以ですが、古来、箸は「神様と人間が共食する神聖な道具」として取り扱われ、人間と神様の橋渡し役でもありました。祭祀で折箸(トングのようなもの)が使われることはありましたが、そもそも食事は手掴みでした。

変化は7世紀初頭、聖徳太子は朝廷の食事に箸を使うよう命じます。当時、日本は超大国であった中国から、仏教や政治等の学問だけでなく対等な国交樹立への道筋をつけようと遣隋使を派遣していました。かの有名な小野妹子は言いました(かも)。「太子様やばいです!中国という国は食事の時は箸を使ってますよ。このままでは我が国は野蛮国のレッテルを貼られます!」何しろ聖徳太子は自らを「日出ずる国の天子」とまで言い切るほど、高飛車で上から目線の親書を遣隋使に持たせていました。牽制パンチとも言える外交戦略をとった聖徳太子にとって、馬鹿にされることは国家存亡の危機なのでした。こうして箸は「祭器」から「食器」になりました。

このように、箸食は中国から伝来し、8世紀初めに一般にも広まりました。生活革命です。その後、漆塗りの技術を施した塗箸や元禄箸、おもてなしに使用する天削げ箸、利久箸など日本の食文化に伴い、様々な箸が生み出されてきました。また、手軽で使いやすい「割箸」は、江戸末期に酒樽の端材を用いたのが最初と言われています。割れていない箸を食事を始める前に割る行為が、清潔でけじめを重んじる日本人気質に合っているようで広く普及しました。

世界中で箸食の国は東南アジアを中心に30%ほどだそうです。しかし、箸だけで食事をする完全箸食国は日本だけです。食事を始める前にお箸を両手の親指に挟み、「いただきます」は言えてますか?8月4日は「箸の日」です。平穏に食事できることへの感謝の気持ち、食べ物への感謝の気持ちを忘れずにいたいものです。