2022/12/10
鉄道の旅
2022年は日本の鉄道開業から150年目の年
19世紀初頭、鉄道の歴史はイギリスの蒸気機関車で幕を開け、日本初の鉄道は1872(明治5)年に新橋・横浜間に開業しました。
平均時速は32キロ。当時最も速い乗り物だった馬と同じスピードで、新橋・横浜間の約29キロをおよそ50分で走ったそうです。
煙をモクモクと吹き上げながら走る陸蒸気に人々は熱狂し、その姿は文明開化のシンボルとなりました。
初めて汽車に乗った乗客の中には、乗車駅のホームで自分の履物を脱いで乗ってしまい、到着駅でホームに降りる際に「自分の履物がない!」と大騒ぎしたという人もいたそうです。
博多駅開業
その17年後、1889(明治22)年に福岡市博多区の出来町公園あたり(祇園界隈)に初代の博多駅が作られ、その後1963(昭和38)年に現在の場所に移転しました。
私は旧博多駅そばの老舗履物店に生まれたので、幼いころ家族と一緒に駅に汽車を見に出かけていたようです。近所の繁華街には土産物屋や旅館、飲食店が並んでいて賑やかな様子だったのを覚えています。
やさしかった母と2才の頃
また、博多の町には路面電車が走っており(1979年/昭和54年に廃止)ゴトンゴトンという響きやチンチンという警笛の音に囲まれて暮らしました。
夏休みは家族親戚一同で九州各地の温泉に列車で出かけるのが恒例行事でした。
博多駅のホームで買ってもらった冷凍ミカンや駅弁を食べながら車窓から見た景色、そして駅のざわめきや車内の様子も、幼かった私にドキドキ・ワクワクする「移動の楽しみ」をおしえてくれました。
冷凍ミカンの思い出
高校を卒業してからは友人と夜行列車や鈍行列車を乗り継いで旅をしたこともあります。まさに幼いころからの環境が「旅が仕事」の私の原点だと言えます。
日本と海外の駅の違いや戸惑うこと
添乗員のお仕事で諸国の列車に乗って驚いたことも沢山ありました。
海外の列車は予定時刻より遅れて出発することが多いと言われていますが、それは本当です。
因みに日本の定時運行率(1分以内が定時)は90%以上で堂々の世界第1位。世界で異なる遅延の基準にはバラつきがあり、日本は1分以上で遅延ですが、欧米では10~15分過ぎて初めて遅延となり、中には30分が基準という強気な国もあります!
なるほど、日本が世界で最も時間に正確と言われる訳ですね。改めて鉄道運行を支える方々に敬意を表します。
ヨーロッパの駅
また日本と違ってホームに行くまでに改札口が無い駅もあり、出発後に車掌が車内で検札するため切符を持っていない人も自由にホームに行くことができます。
ということは泥棒もホームに来るので、知らぬ間に持ち去られぬよう荷物の管理には十分な注意が必要となります。
また、列車のドアとホームの間に高い段差があり「どっこいしょ」と荷物を上げるのが大変な場合もあるのです…
ふう~。
世界一長い鉄道はシベリア鉄道で、私もウラジオストック~モスクワまで約9297kmを踏破しましたが、あまりの移動密室時間が長いため様々な我慢を強いられ、終着駅で降りた時はヘロヘロでした。
やっぱり「乗り心地」の快適さは日本の新幹線が1番だなぁ(個人の感想です)。
ただ移動するだけでなく「乗ること」自体を楽しめる観光列車が日本全国には約150列車あるそうですよ。魅力がいっぱいの鉄道の旅を大いに 楽しもうではありませんか。
スイスの氷河特急
旅の感動は生きるチカラになる
「駅」は映画の舞台にもなり、そこには数多くのドラマがあり人々の感情が交錯しているところでもあります。ま
た、印象派の画家モネはキャンバスとチューブの絵の具を持って、サンラザール駅の風景を何枚も描きました。特に機関車の蒸気や煙を多彩に描いています。
ところで、人々が行きかう駅の構内に、最近は誰でも弾ける「駅ピアノ」が設置してあり、定点カメラを置いて撮影した「駅ピアノ」というテレビ番組を見て触発された私は、ピアノを習い始めました。
悪戦苦闘の末、やっと好きな曲を5曲ほど弾けるようになったので、先日ついにパリで駅ピアノデビューを果たしました♪
ちょうど昼時でピアノの周りに座っているのは、サンドイッチを食べるのに夢中なマダムばかりで誰も聴いてない様子。
私の出番前に4人の上級奏者が順番に弾いておられたので、順番を待って2時間、弾いて5分…
駅ピアノを弾くワタシ
え?
初心者の私が弾いた曲が知りたい?
「赤いスイトピー」と「マイフェイバリット」の2曲。
今度はアバの「ダンシングクイーン」を猛練習して周りの方々をノリノリな気分にしたい!と野望を抱いています♪♪♪
※鉄道発祥の国イギリスから蒸気機関車と技術を導入してスタートした日本の鉄道は、めざましい進化をとげ今や英国都市間高速鉄道(IEP:Intercity Express Programme)の車両の製造とメンテナンスを担っています。開業から150年たった今、日本の技術は海を越えて大活躍しているのです。
2022年は日本の鉄道開業から150年目の年
19世紀初頭、鉄道の歴史はイギリスの蒸気機関車で幕を開け、日本初の鉄道は1872(明治5)年に新橋・横浜間に開業しました。
平均時速は32キロ。当時最も速い乗り物だった馬と同じスピードで、新橋・横浜間の約29キロをおよそ50分で走ったそうです。
煙をモクモクと吹き上げながら走る陸蒸気に人々は熱狂し、その姿は文明開化のシンボルとなりました。
初めて汽車に乗った乗客の中には、乗車駅のホームで自分の履物を脱いで乗ってしまい、到着駅でホームに降りる際に「自分の履物がない!」と大騒ぎしたという人もいたそうです。
博多駅開業
その17年後、1889(明治22)年に福岡市博多区の出来町公園あたり(祇園界隈)に初代の博多駅が作られ、その後1963(昭和38)年に現在の場所に移転しました。
私は旧博多駅そばの老舗履物店に生まれたので、幼いころ家族と一緒に駅に汽車を見に出かけていたようです。近所の繁華街には土産物屋や旅館、飲食店が並んでいて賑やかな様子だったのを覚えています。
やさしかった母と2才の頃
また、博多の町には路面電車が走っており(1979年/昭和54年に廃止)ゴトンゴトンという響きやチンチンという警笛の音に囲まれて暮らしました。
夏休みは家族親戚一同で九州各地の温泉に列車で出かけるのが恒例行事でした。
博多駅のホームで買ってもらった冷凍ミカンや駅弁を食べながら車窓から見た景色、そして駅のざわめきや車内の様子も、幼かった私にドキドキ・ワクワクする「移動の楽しみ」をおしえてくれました。
冷凍ミカンの思い出
高校を卒業してからは友人と夜行列車や鈍行列車を乗り継いで旅をしたこともあります。まさに幼いころからの環境が「旅が仕事」の私の原点だと言えます。
日本と海外の駅の違いや戸惑うこと
添乗員のお仕事で諸国の列車に乗って驚いたことも沢山ありました。
海外の列車は予定時刻より遅れて出発することが多いと言われていますが、それは本当です。
因みに日本の定時運行率(1分以内が定時)は90%以上で堂々の世界第1位。世界で異なる遅延の基準にはバラつきがあり、日本は1分以上で遅延ですが、欧米では10~15分過ぎて初めて遅延となり、中には30分が基準という強気な国もあります!
なるほど、日本が世界で最も時間に正確と言われる訳ですね。改めて鉄道運行を支える方々に敬意を表します。
ヨーロッパの駅
また日本と違ってホームに行くまでに改札口が無い駅もあり、出発後に車掌が車内で検札するため切符を持っていない人も自由にホームに行くことができます。
ということは泥棒もホームに来るので、知らぬ間に持ち去られぬよう荷物の管理には十分な注意が必要となります。
また、列車のドアとホームの間に高い段差があり「どっこいしょ」と荷物を上げるのが大変な場合もあるのです…
ふう~。
世界一長い鉄道はシベリア鉄道で、私もウラジオストック~モスクワまで約9297kmを踏破しましたが、あまりの移動密室時間が長いため様々な我慢を強いられ、終着駅で降りた時はヘロヘロでした。
やっぱり「乗り心地」の快適さは日本の新幹線が1番だなぁ(個人の感想です)。
ただ移動するだけでなく「乗ること」自体を楽しめる観光列車が日本全国には約150列車あるそうですよ。魅力がいっぱいの鉄道の旅を大いに 楽しもうではありませんか。
スイスの氷河特急
旅の感動は生きるチカラになる
「駅」は映画の舞台にもなり、そこには数多くのドラマがあり人々の感情が交錯しているところでもあります。ま
た、印象派の画家モネはキャンバスとチューブの絵の具を持って、サンラザール駅の風景を何枚も描きました。特に機関車の蒸気や煙を多彩に描いています。
ところで、人々が行きかう駅の構内に、最近は誰でも弾ける「駅ピアノ」が設置してあり、定点カメラを置いて撮影した「駅ピアノ」というテレビ番組を見て触発された私は、ピアノを習い始めました。
悪戦苦闘の末、やっと好きな曲を5曲ほど弾けるようになったので、先日ついにパリで駅ピアノデビューを果たしました♪
ちょうど昼時でピアノの周りに座っているのは、サンドイッチを食べるのに夢中なマダムばかりで誰も聴いてない様子。
私の出番前に4人の上級奏者が順番に弾いておられたので、順番を待って2時間、弾いて5分…
駅ピアノを弾くワタシ
え?
初心者の私が弾いた曲が知りたい?
「赤いスイトピー」と「マイフェイバリット」の2曲。
今度はアバの「ダンシングクイーン」を猛練習して周りの方々をノリノリな気分にしたい!と野望を抱いています♪♪♪
※鉄道発祥の国イギリスから蒸気機関車と技術を導入してスタートした日本の鉄道は、めざましい進化をとげ今や英国都市間高速鉄道(IEP:Intercity Express Programme)の車両の製造とメンテナンスを担っています。開業から150年たった今、日本の技術は海を越えて大活躍しているのです。
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