プロレスラー

NPO法人 九州プロレス

TAJIRI

長年に渡り世界各国をプロレス放浪したすえ、2023年より九州プロレスに所属。

熊本県玉名市出身。文章も書きます。

著作いくつか。

九州の出版社さん、執筆のお仕事ください!

【NPO法人 九州プロレス】 「九州ば元気にするバイ!」「大好きな九州をもっと元気にしたい!!」。 プロレスと関わる事で地域は元気になり、地域への役割を担う事でプロレス界も奮起する、そんな「プロレスと地域の元気の相乗効果」を促進したいと九州プロレスは考えています。 福岡市東区多の津5-20-1-3F TEL:092-400-9938 FAX:092-402-0011

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2026/09/10

最悪な家相の家に住んでいた11年間

更新日についての連絡の行き違いがあり、本来ならばもうとっくに更新していなくてはいけないのだが、こんなにも遅れてしまった。
なので今回は決して間に合わせというわけではないのだが、オレのnoteに有料公開している記事をまんま転載してしまうのである。

この家の話。確か以前にも別の内容で書いたと思うが、今回は怪奇譚寄りな角度から同じ家を取り上げさせていただく。
これぞまさしく家にまつわるお話。このサイトにはもってこいなので、実は以前からチャンスがあれば転載してみたかった。

では、どうぞ。

小学校1年生からの11年間。
横浜市保土ヶ谷区権太坂というエリアに住んでいた。
持ち家の一軒家。
その家に住み始めるまで、自分で会社を興していた親父の事業はそこそこ好調だったらしい。

その家は、狭かった。
一階が6畳の居間と4畳半の部屋、小さな台所。二階が6畳の部屋が二つ。そんな小さな家に家族5人で住んでいた。

そして、その家は怖かった。
一人で留守番しているときなど、誰かがいるような気配を感じ、そとへ飛び出して逃げたことが何度もある。

特に怖かったのが、台所にくっついている便所と風呂。
便所の壁には以前所持していた人が貼ったままの壁紙が貼られていた。おそらく小さい子でもいてそんなものを貼ったのだろうか、グリム童話かなにかの絵柄だった。
だが、お姫様に王子様に動物の絵柄はいいとしても、悪魔やコビトや魔法使いの絵柄が、醜悪な顔でどうにも怖かった。
そして、風呂。
オレはその家を去る高校2年生になるまでの11年間、台所に誰かがいる時でなければ、目をつむるのが怖くて髪を洗えないほどだった。

 

そして、二階の部屋。
片方の部屋に親父と母ちゃんとオレ。もう片方に姉と兄が寝ていたのだが、オレが寝ていた方の部屋の壁に、夜になると常時なにかがくっきりと現れるのである。
部屋を真っ暗にして、扉を開ける。すると、うなだれた人物の形に見える光が、壁に現れるのだ。
部屋のそとの光が映っているだけだとしたら、遮れば消えるはず。しかし、どこをどう遮ってもその光は消えないのだ。
いや、光というか、部屋は真っ暗でも「影がそこに映っている」ような意味の分からなさが、その光にはあった。

 

そして、階段も怖かった。
狭い家なので傾斜が異様に急で、よく古民家の写真にあるようなほぼ垂直のハシゴに近い階段、あんな感じだった。
夜中に小便に目を覚ましてその階段を降り、下の便所へいくのが怖くて怖くて。
オレはそのうち、音を立てずに開いた部屋の窓からそとへ小便をするようになった。


その家での思い出は、ロクなものがない。
オレが中三のときに、とうとう不渡りを出して親父の会社は潰れ、その直後から、しばらくの間アル中のようになった。
母ちゃんは11年間ずっと内職をしていたので、家中いつも商品のダンボールが積まれていた。
とにかく貧乏。
何年か前に母ちゃんから聞いた話なのだが、最悪のころには親戚から米と味噌をわけてもらったこともあったらしい。

そのうち、もともと自動車設計技師の親父は個人事務所のような形で再起に乗り出す。
会社を整理するためその家を売り払い、ちょっと離れた泉区和泉町の借家へ引っ越した。

 

それ以降。

ときどきその家を見に行った。
近くにいまでも仲良しのダチが住んでいたので、そいつの家に行くたび、ロクな思い出がないとはいえ懐かしくて見に行くわけである。
その家は、ずっとそこに在り続けていた。
空き家になっていた時期も幾度かあった。
ある時期には一部改装してパーマ屋になっていたようだが、しばらくすると潰れていた。
オレが福岡の大学へいった4年間も、横浜に来たついでに何度か見に行った。
そのつど、その家はずっとそこに在り続けていた。

 

そして、大学を卒業してオレはプロレスラーとなり。
紆余曲折を経て大日本を辞めてメキシコへ行く前。
もしかするともう日本へ帰ってくることもないのでは?と思い、最後のつもりでその家を見にいった。

 

そのときは、空き家になっていた。
中に入れないだろうか?家の裏手に回り小窓を開くと、これが開いたのだ。いまにして思うと誰かに見つかり通報されなかったのがラッキーなのだが、かれこれ30年ほども前のこと。
仮に警察が来てしまったとしても、詳しく話せば許してもらえた可能性が高いような気がする。

 

狭くて、驚いた。
もしかするとあれから縮小したのでは?と思ったほどの狭さ。こんなところで5人がどうやって暮らしていたのだろう?
台所へ。
便所の扉を開けると、グリム童話の壁紙がまだ貼られていた。
色褪せ相当に劣化していたが、悪魔やコビトや魔法使いは「よう久しぶりだな!」と、まだ普通に生きている感じがした。
不思議と、当時感じた怖さはまったくなかった。

 

すごい傾斜の階段も、短くてびっくりした。
当時は天空まで届きそうなほどに長く感じたものだったが、手を伸ばせば上まで届いてしまう感じ。
二階へ上がってみる。
オレが寝ていた方の部屋は、雨戸が閉められていたので真っ暗だった。
ちなみに一階の部屋の窓にはどこにも雨戸がないので陽が入っていた。

そして、例の影。

まだ、いた。
どのように遮っても、消えることはやはりなかった。
誰もいない空き家でそんなものと再会しているというのに、このときも怖さは不思議となかった。
だが、誰かがいるというか、何かがいる気配は絶え間なくあった。
それでもこのときのオレは、その1年前に他界した親父がそこにいるような気がしてしまい、それが怖くなかった理由だったかもしれない。

 

入ってきた小窓から、そとへ出た。
それから二十数年後。その家はとうとうなくなった。
何年か前に見に行ったさい、新しい家に建て替えられていたのだ。

 

そしてほんの少し前。
いまは鹿児島で姉と暮らす母ちゃんに会ったとき、その家にまつわる奇怪な話を聞いた。

 

「あん家はほんに良くなかったねえ」

 

「オレもロクな思い出がないよ」

 

「あた知っとったね?もともとあの家の隣の家もうちが持っとったって。そんころはお父さんの仕事も景気んよかったもん」

 

「そうなん?」

 

「そっちの家はほんによかったったい。家相ば見る先生が『こげんよか家はめったになかですよ!』ってびっくりしとったもん」

 

「なんでそっちを売ったの?」

 

「知らんたい!お父さんがバカたい!あとであっちん家にそん先生が来たときゃ入った瞬間『あ、こらいかん!』って言いよらしたもん。とにかく全部だめって言いよった。お父さんもあんとき悪か方ば売っとったら、なーん苦労せんで生きられよったかもしれんじゃなかねえ!バカたい!」

 

今朝、夢を見た。
舞台は、その家だった。
というか、オレが見る夢に登場してくる家は時代背景を問わず、いまでも必ずその家である。

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