弁護士

江口 正夫

1952 年生まれ、広島県出身。東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

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2024/10/10

相続分を相続人以外の者に譲渡できるか?

Q 父が亡くなりました。
相続人は母と長男である兄と次男の私の3人です。
父の残した財産は、自宅の土地建物と預金のほかに父が経営していた会社の自社株式と父が建築したアパート2棟があります。

兄は自分が長男だから、父の遺産の内、自宅の土地建物と自社株は自分が相続して父の跡を継ぐのだといっていますが、母と私は法律が定めている相続分の割合で遺産分けをすべきだとの考えです。
私は自分の事業が思わしくないので、直ぐにでも遺産をお金に換えたいのですが、このままで遺産分けにはかなりの時間がかかることが想定されます。

私の遺産に対する相続分を譲渡して早期にお金に換えたいのですが、相続人以外の者に相続分を譲渡することはできるのでしょうか。
仮に出来たとすると、その後の遺産分割は、相続人ではない相続分の譲受人が参加して行うことになるのでしょうか?


お父様がなくなられた後、遺産の分配は、相続人の全員一致で遺産分割協議を成立させるか、あるいは家庭裁判所の遺産分割調停・遺産分割審判によらなければすることができません。
遺産分けの内容を決めるにあたって、相続人間の意見が分かれているときには相当の時間がかかることを覚悟する必要があります。
しかし、相続人のなかに生活に困窮している相続人がいる場合に、遺産分割の協議や調停・審判が成立するまで待つしかない、というのも気の毒なことです。

そこで、このような場合に備えて、民法では「相続分の譲渡」という方法が認められています。

2 相続分の譲渡の相手方

相続分の譲渡は、相続人に対して行うことも認められていますので、次男の方が自分の相続分(ご質問のケースでは母親の法定相続分が2分の1、長男と次男の相続分は各4分の1)を母親や長男に対して譲渡することが可能ですが、相続分の譲渡は,相続人に対してだけではなく、相続人ではない第三者に対しても譲渡することが認められています(民法第905条)。

次男の方は、自己の相続分を譲渡することにより、その対価を取得できますので、第三者に相続分を譲渡して早期に自己の相続分をお金に換えることができます。

3 第三者に相続分が譲渡された場合の遺産分割協議

遺産分割は相続人全員の協議で行う必要がありますが、第三者に相続分が譲渡された場合には、相続人の地位は譲受人である第三者に承継されますので、相続分を譲り受けた第三者と他の相続人全員との間で遺産分割協議を行うことになります。

遺産分割は、これまでの家族の生活状況や、家族間の情愛等も考慮して話し合われることが少なくありませんが、相続人でない第三者が遺産分割協議に加わるとなると、遺産分けの協議が円滑に進まない事態も生じ得ないとも限りません。
被相続人の思い出とともに遺産分けを行いたいと考える相続人にとっては不本意な場合もあり得ます。

4 相続分取戻権

このような場合に備えて,他の共同相続人に、第三者に譲渡された相続分の取戻権を認めています。

民法905条
1  共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人    は、 その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。
2  前項の権利は、一箇月以内に行使しなければならない。

と定めています。
一般に「相続分取戻権」といわれている権利です。

この規定は相続分が第三者に譲渡された場合に限定されていますので、相続人に対して相続分の譲渡が行われた場合は,譲渡を受けた相続人の相続分が増えるだけで、他の相続人に相続分取戻権が認められるわけではないことに注意してください。
また、償還する価格は相続分の価格であって、譲渡の対価と同額ということではないので、この点についても注意が必要です。

この取戻権は「1ヶ月以内」に行使する必要がありますが、相続分の譲渡がなされた日から1ヶ月以内であって、他の相続人が相続分の譲渡を知ったときから1年以内ではないことにも留意する必要があります。

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