弁護士

江口 正夫

1952 年生まれ、広島県出身。東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

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2017/01/10

相続紛争防止に生前贈与はどの程度役立つ?

Q  私は先年妻を亡くし、自分自身の相続について子らが揉めないようにと考えています。
私には3人の子がありますが、私の財産は自宅の土地建物の他には上場株式が6000株あります。
3人の子らが自宅の土地建物の分割で揉めることが予想されますので、自宅の土地建物を私達夫婦と長年同居してきた長男に生前贈与をしておけば、私の相続開始時には、自宅の土地建物は既に長男の所有になっていますので、後は上場株を2000株ずつ分けるだけですから、揉め事が防げるのではないかと思っています。

これであれば、相続時に揉めることはないでしょうか。  

1 生前贈与の税務と法務の相違

確かに、贈与税を納付して生前贈与をすれば、相続税法上は、贈与財産である土地建物は、(3年以内に贈与されたみなし相続財産となる場合を除いて)相続税の対象からは切り離されることになります。
その意味では、生前贈与は、想定される相続税率よりも低率となる価額の生前贈与を繰り返せば、相続税を軽減する対策には十分になり得ます。

しかし、法務では、必ずしも生前贈与された財産は、相続財産と完全に切り離されたものとは考えられてはおりません。

被相続人が不動産と有価証券を所有している場合に、自宅の土地建物を相続人の一部の者に生前贈与すれは、確かに、相続時には、自宅の土地建物は長男の所有になっていますので、相続開始時に存在する被相続人名義の財産は、残された上場株式6000株のみとなります。

遺産分割協議では、相続開始時に存在する被相続人の財産を遺産として分割するのが基本なのですが、もし、生前贈与がなされていなければ、自宅の土地建物も相続財産として3人の子らに分割されていたはずです。
それにもかかわらず、生前贈与は過去の問題だからといって、これを無視して分割協議を行わなければならないとすると、3人の子のうち、長男を除いた2人の子はそれぞれ2000株しか取得できないのに対し、長男は2000株に加えて自宅の土地建物までもが取得できることになってしまいます。

2 民法の遺産分割協議時の生前贈与の取扱いはどうなる?

そこで、民法では、このような相続人に対する生前贈与のうち、「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与」(民法904条)については、「被相続人が相続開始の時において有した財産(上場株式6000株)の価額にその贈与の額(自宅の土地建物の価額)を加えたものを相続財産とみなします。
その上で、この合計額を相続人の相続分である3分の1としたものを各自の具体的な相続分(取り分)とすることを定めています(民法904条1項)。
これを「特別受益の持ち戻し」といいます。

従って、生前贈与は相続税対策にはなり得ますが、遺産分割対策には必ずしもなり得ないと言うことに注意して下さい。

 

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