弁護士

江口 正夫

1952 年生まれ、広島県出身。東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

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2022/07/10

遺言書は作るべきか、作らない方が良いのか?

Q 私には妻を先年亡くしましたが、長男と長女と次男の3人の子がいます。
長男と次男はともに家を出て会社勤めをしており、持ち家を購入しています。
長女は、結婚もせず、私達夫婦と同居して、病気がちであった妻の世話をしてくれ、妻亡き後は、私と同居して、私の生活の面倒をみてくれています。

私名義の財産は、自宅の土地建物と現金預金が主なもので、あとは家財道具程度しかありません。私の亡き後、子供たち3人で遺産分割協議をすると思いますが、心配なのは長女の今後の生活です。
長男と次男は住む家もあり、収入もありますので、生活にも困窮することはないと思いますが、長女は住む家はこの自宅しかありません。

自宅の土地建物を長女に相続さると遺言書を書こうと思いましたが、自宅の土地建物が遺産の6割を占めるので、遺言書を作ると、長女の取り分が多くなり、長男や次男が不満を感じ、遺言書を作ったがゆえに、却って揉めるのではないかと心配です。
このような場合でも、遺言書は作るべきなのでしょうか。


1 遺言書は作成すべきなのか?

相続人のためにと思って遺言書の作成を思い立ったものの、遺言書を作成するのが本当に相続人にとってよいことなのだろうか、と迷われる方は少なくないと思います。
その迷いの原因の主なものは、遺言書を残すと、却って相続人の間で揉めるのではないだろうか、という懸念であることが多いと思われます。

何故なら、遺言書を残すということは、遺言書なしでは遺産分割の際に揉めることが予想されることから、被相続人の遺産分けに対する法的効力のある意思を示して相続人間の紛争を軽減することにあるのですが、遺言書がなければ、相続人は民法の相続法に従って遺産を分割することになります。

遺言書がなければ、相続人は、「民法の定める各相続人の相続分」(各相続人が遺産に対して主張できる権利割合のことですが、これを「法定相続分」といいます。)に従って遺産を分けることになります。


法定相続分は、同じ順位の相続人の相続分は均等であることが原則です。
質問者の方がお亡くなりになれば、相続人は、長男、次男及び長女の3人ですが、3人の法定相続分は均等ですから、各自が遺産に対して3分の1の法定相続分を有しています。

民法の定める法定相続分通りに相続が行われても問題を生じなければ、遺言書は不要です。
しかし、法定相続分による相続では問題が生じると考える場合は、法定相続分とは異なる相続分で遺産分けをする必要があります。このために必要となるのが遺言書なのです。

2 御質問のケースは民法通りの相続で問題はないか?

御質問のケースでは、長男や次男はそれぞれ仕事を持ち、自宅も既に所有していますが、長女はずっと両親と同居し、親の生活の面倒を最後まで見ています。
当然ながら、自宅を相続できなければ、自宅を出て行かなければなりませんが、新たに自宅を購入することは困難です。
この場合、長女が自宅を相続できるだけの相続分、つまり全遺産の6割の相続分を持っていれば、自宅を両親に尽くしてくれた長女に相続させることが可能になります。

実は、相続関係者の中に、民法の定める法定相続分を変更する権利を持つ人が1人だけいるのです。それは、御質問者すなわち被相続人となる方です。
被相続人は、民法の定める法定相続分を変更する権利を有する唯一の人物です。

御質問者が、長女に自宅の土地建物を相続させるという遺言書を作成すれば、長女の相続分は遺産の6割と指定されたものとみるのが判例の考え方です。
長男と次男は、残りの4割の遺産を2分の1ずつ分けることになりますので、各自遺産の2割を取得することになります。

こうした遺言は、3人の子に平等に遺産を分けるのではなく、長女に自宅の土地建物を取得させるので、形式的にみれば平等ではありません。
しかし、長女の両親に対する長年にわたる貢献や、各相続人の生活状況等をみると、決して不公平な内容ではないように思われます。

3 遺言書は作成すべきか、どのような遺言書を作成すべきか?

遺言書の内容が、不平等で不公平という場合には、遺言書を作成することが却って揉め事を増やすことはあり得ます。
しかし、不公平ではない遺言書であるにもかかわらず、その遺言で揉めるような相続人の間では、遺言書がなければ、もっと揉めるというのが実感です。
要は、如何に不公平とはならないような遺言書を作るかということが一番の問題ではないかと思います。

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