弁護士

江口 正夫

1952 年生まれ、広島県出身。東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

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この執筆者の過去のコラム一覧

2017/04/10

遺産分割協議に基づく債務の不履行と解除の可否

Q 先月父が亡くなり、相続人である母と長女の私と長男の3人で遺産分割の話し合いをした結果、長男が自宅の土地建物と父の預貯金を相続する代わりに母親を引き取り、生活費の面倒も見るということでしたので、遺産分割協議書に全員で調印しました。

ところが、長男は、母の面倒を見ると約束したにもかかわらず、母親を引き取ろうともせず、母親の生活費も負担しないため、母親の生活費は私が負担しています。
これでは遺産分割協議をした意味がありませんので、長男の義務不履行を理由に遺産分割協議を解除して、再度、遺産の分割について話し合いをしたいのですが、遺産分割協議の解除は可能でしょうか。

錯誤により無効となる場合はあるが

遺産分割協議を解除できるかということですが、民法は「共同相続人は、次条の規定により、被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができる。」(民法第907条1項) と定めており、遺産分割協議とは当事者が話し合った結果、合意するものですから、意思表示の一般原則に従って、無効や取消の可能性があると言われています。
例えば、遺産分割協議後に遺言が発見され、遺言の存在を知っていればこのような分割はしなかったであろうという蓋然性が高い場合には、遺産分割協が錯誤により無効であることを認めた判例があります(最高裁平成5年12月16日判決)。

遺産分割協議の解除は契約の解除

しかし、遺産分割協議で定めた債務を相続人の一人が履行しない場合に、遺産分割協議を債務不履行を理由に解除することができるかについては、最高裁は、共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が分割協議において負担した債務を履行しない時であっても、その債権を有する相続人は、民法541条の規定(契約の解除に関する規定)によって、右遺産分割協議を解除することができないと判示しています(最高裁平成元年2月9日判決)。遺産分割協議の前提が、長男が母親の面倒を見るということにあったのであれば、それを履行しないのなら話が違うとして遺産分割協議を解除出来てもよさそうにも思えますが、最高裁は、その理由として、「遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し、その後は右協議に置いて右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかもそのように解さなければ民法909条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安定性が著しく害されることになる。」としています。

したがって、最高裁の判決では、相続人が分割協議で負担した債務を履行しない場合であっても、遺産分割協議を解除することは出来ないことになります。
結局、相続人の一人に債務を負担させる遺産分割協議が成立させた以上は、他の相続人は、その債務の履行を求めることで解決するしかないということになりますので注意が必要です。

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