院長/認知症サポート医

医療法人すずらん会たろうクリニック

内田 直樹

医療法人すずらん会たろうクリニック(福岡市東区)院長、精神科医。1978年長崎県南島原市生まれ。2003年琉球大学医学部医学科卒業。福岡大学病院、福岡県立太宰府病院勤務を経て、2010年より福岡大学医学部精神医学教室講師。福岡大学病院で医局長、外来医長を務めた後、2015年より現職。
日本在宅医療連合学会評議員、日本老年精神医学会専門医・指導医、認知症の人と家族の会福岡支部顧問、福岡市在宅医療医会理事、NPO在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク理事、など。精神保健指定医。「認知症の人に寄り添う在宅医療」他、著書・寄稿多数。福岡県福岡市東区名島1-1-31/TEL 092-410-3333

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2023/08/10

第11回 未払い行動について

「未払い行動」とは、認知症の人が買い物をする際に、お会計を忘れて商品を店外に持ち出すことです。本人が意図的におこなっているわけではないことが、いわゆる万引きとは異なります。

しかし、一般に未払い行動への理解がないことから万引きと間違われて警察を呼ばれてしまったり、未払い行動をきっかけに買い物に行くことが怖くなってしまうことなどが生じ社会課題となっています。

なぜ未払い行動が生じるのか

未払い行動が生じる原因はいくつかあります。

一つは、もの忘れによるものです。
認知症の原因としてもっとも多いアルツハイマー型認知症では、もの忘れが初期から生じます。
このため、買い物をしていることを忘れたり、カゴに物を入れたことを忘れたりしてしまい未払い行動が生じます。

また、若年性認知症の原因としてアルツハイマー型認知症に次いで多い前頭側頭型認知症では脱抑制という症状が生じる方がいます。
この脱抑制によって、思ったことをすぐに行動にうつしてしまいます。このため、会計の手順を飛ばしてしまい未払い行動につながります。

その他にも、レジ袋の有料化に伴い店員さんが袋詰めを行わなくなったことや、ソーシャルディスタンスを取ることを求められることで会計に時間がかかるようになったことなども未払い行動の背景にありそうです。

未払い行動への対処法について

では、未払い行動への対処法は、どのようにしたらよいのでしょうか。
まずは、一般に未払い行動への理解が広まることが重要だと考えます。

未払い行動の場合、本人が意図的に会計をしていないわけではありません。
店員さんが「お会計がまだのようです」「お会計のレジはあちらです」などと声をかけてくださることでご本人が未払い行動に気づき会計を行うことにつながります。

実は、「未払い行動」という言葉自体が、こういった課題が生じていることを広く認知してもらうことを目的として福岡県若年性認知症支援コーディネーターである阿部かおりさんが作った言葉です。

未払い行動の原因として、もの忘れや脱抑制という認知症の症状をあげました。
不安が高まることでこれらの症状が悪化します。

といっても、不安が高まることで力が発揮できなくなるのは誰にでも起きることです。
みなさんも、人前で話をする際に緊張して話すことを忘れてしまったという経験はあるのではないでしょうか。
認知機能が低下していて一つの手続きに時間がかかるようになると、レジで自分の後に列ができた際に「早く会計を済ませなければ」と焦ることがしばしばみられます。

レジでの会計が不安が高まる一つの要因となっているのです。

スローレジという提案

そこで最近、ゆっくりと支払いを行いたい方向けに一部のレジをスローレジとして設定している店舗が出てきています。
スローレジの列だと、後ろに並んでいる人もゆっくり会計を行うことを望んでいる人たちなので焦らず会計ができるそうです。

また、レジに列ができている際に焦るのは客だけではありません。
会計を行う店員もお客さんを待たせては行けないと焦っています。
これが、スローレジの際は会計を行う店員も余裕があるので、お客さんが聞き取りやすいようゆっくり話すことできるようになるという利点もあります。

福岡県の行橋市では、前述の阿部さんが中心となり、スローレジの取り組みが積極的に行われています。

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