弁護士

江口 正夫

1952 年生まれ、広島県出身。東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

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2023/10/10

被相続人がした身元保証は相続人が承継するのか?  

 父が亡くなってから1年経った後に、ある会社から内容証明郵便が届きました。
内容は、父が何年か前に、その会社に、遠い親戚の子の就職の口をきいて、父が身元保証人になっていたのだそうですが、その親戚の子が背任か何かでその会社に200万円の損害を負わせたのだそうです。
父が身元保証人なので、父が亡くなっているのであれば、相続人である私たちに、身元保証人としての賠償をしてほしいというものです。父の身元保証責任も相続人が承継して、賠償をする必要があるのでしょうか?


相続における権利・義務の承継

相続の効力について、民法は「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。但し、被相続人の一身に専属したものは、この限りではない。」(民法第896条)と定めています。

つまり、民法は、被相続人が死亡し、相続が開始すると、相続人は、被相続人が有していた財産については、不動産や預貯金、有価証券などのプラスの財産だけではなく、借金等のマイナスの財産である義務についても、その一切を相続人が承継すると定めています。


このように、相続人は、被相続人の財産だけでなく、債務も承継するため、被相続人が銀行から借り入れていた借金や、被相続人が友人のために保証人や連帯保証人になっていた場合の保証人としての地位も、相続人が引き継ぐことになります。
「一切の権利義務を承継する。」との規定からすると、被相続人が負担していた債務については一切合切相続人が引き継ぐように見えます。

しかし、但し書きがあり、「被相続人の一身に専属したものは、この限りではない。」とされています。
「この限りではない」と言う意味は、「被相続人の一身に専属したもの」については、相続人は引き継がないという意味です。

相続人が引き継がない「被相続人の一身に専属したもの」とは?

「被相続人の一身に専属したもの」とは、相続財産のうちプラスの財産については、被相続人だけが権利を主張することができて相続人は権利を主張できないもの、借金等のマイナスの財産については、被相続人だけが義務を履行できるという性質のものをいい、その性質上、被相続人の死亡によって消滅し、相続の対象とならないものを指します。
それでは、被相続人がした身元保証契約は「被相続人の一身に専属したもの」といえるのでしょうか。

通常の保証債務や連帯保証債務は、相続性があり、「被相続人の一身に専属したもの」ではありません。
身元保証契約も、身元本人が会社等に与える損害について身元保証人が賠償することを合意する一種の保証契約です。但し、身元保証は一般の保証と異なる点があります。
それは、身元保証では、保証すべき債務額が確定しておらず、将来どれだけの保証債務が発生するか不明であること、このため、身元保証人の保護を考える必要があるという点です。

身元保証は、それだけ身元本人と保証人との間に、このような契約を締結するだけの特別な信頼関係が存在することが前提となっていると考えられています。こうした特別の信頼関係は身元保証人の固有のものですので、一身専属的なものと考えられています。
このため、身元保証人の地位は、相続人は引き継がないというのが裁判例となっています。

相続人は、身元保証に基づく損害賠償は一切する必要がないのか?

相続人は、身元保証人の地位は承継することがありませんので、被相続人が死亡した後に、身元本人に不行跡があって損害賠償義務が発生したとしても、相続人がその損害を賠償する義務がないことは明らかです。

しかし、被相続人の生前に、身元本人に不行跡があり、被相続人に対する身元保証人としての損害賠償請求権が発生した後は、相続人が相続するのは身元保証人の地位ではなく、既に発生した金銭的な損害賠償債務ですから、これは金銭債務の相続として、相続人が承継することになります。

身元保証では、身元保証契約に基づく損害賠償債務が発生した時期が、被相続人の生前か、死後であるかにより承継の有無が異なりますので、ご留意ください。

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