院長/認知症サポート医

医療法人すずらん会たろうクリニック

内田 直樹

医療法人すずらん会たろうクリニック(福岡市東区)院長、精神科医。1978年長崎県南島原市生まれ。2003年琉球大学医学部医学科卒業。福岡大学病院、福岡県立太宰府病院勤務を経て、2010年より福岡大学医学部精神医学教室講師。福岡大学病院で医局長、外来医長を務めた後、2015年より現職。
日本在宅医療連合学会評議員、日本老年精神医学会専門医・指導医、認知症の人と家族の会福岡支部顧問、福岡市在宅医療医会理事、NPO在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク理事、など。精神保健指定医。「認知症の人に寄り添う在宅医療」他、著書・寄稿多数。福岡県福岡市東区名島1-1-31/TEL 092-410-3333

この執筆者の過去のコラム一覧

2023/11/10

第12回 新しい認知症のお薬について

最近、メディアで新しい認知症のお薬が認可されことが話題になっています。
その具体的な内容としては、

「これまでの薬と違ってアルツハイマー病の原因そのものに効く」
「でも、300万円とものすごく高額」

といったものが中心のようです。
講演会でも必ずこの新薬についての質問があるため、注目度の高さを感じています。
そこで今回は、認知症の専門医として新薬の実際について解説します。
治験データなど細かな説明も含みますので、手っ取り早く実際を知りたい方は最後のまとめをご参照ください。

 

課題は脳に蓄積するタンパク質

そもそもアルツハイマー型認知症とはどういう病気かというと、「アミロイドβとタウ蛋白という2種類の蛋白質が正常よりも多く脳に蓄積することによって認知機能に変化をきたし、環境との影響で暮らしに支障をきたした状態」です。
この2種類の蛋白質は40歳をすぎると脳内への蓄積が始まっており、高齢になって薬物療法をはじめても対応が難しいというのがこれまでの課題でした。

今回の新薬は、このアミロイドβの抗体であり投薬によって脳内に沈着したアミロイドβを除去することができるものです。
これまでの抗認知症薬は、神経細胞が減少することで減った脳内物質(アセチルコリン)を増やすという働きであったため、新薬はより疾患の原因に近い部分に働きかけることができるため大変注目されました。
がんを含めた他の分野でも抗体療法は注目されており、新しい技術を使った治療薬であるということもあり高額な価格設定となっています。

認知症進行の抑制効果は27%

では実際の効果はどうなのでしょう。
製薬会社の説明では「27%進行を抑制する」となっています。これだけをみて、上記の作用機序のことを思うと大変期待できる薬のように感じます。

でも実際は、難しい点がとても多い薬です。
新薬の承認となった元データを参照すると、CDR-SB(Clinical Dementia Rating-Sum of Boxes,範囲0〜18点で高いほど障害が強い)という評価項目の18カ月間における開始前からの変化をみています。

新薬群と偽薬群の比較で、開始前のスコアは両群とも約3.2点で、18ヵ月間で新薬群1.21点、偽薬群1.66点で両群ともに悪化しました。
またその差は0.45点、つまり新薬は0.45/1.66(27.1%)悪化を抑制したということになるため、先ほどの「27%進行を抑制する」という根拠になります。

実際の薬の効果と副作用の懸念

しかし実際に改善したのは18満点のテストの0.5点にすぎません。
このわずかな点差では、実際に本人や家族が薬の効果を感じるのは難しいのではないかというのが私を含めた多くの専門家の意見です。
ちなみに、既存薬であるドネペジルは同じテストに関して24週時点で0.85点差があったとされており、新薬は既存薬に効果が劣るといえます。

また、新薬というと副作用も気になるところです。
先ほどの元データによると、新薬群においては試験期間中の頭部画像検査で脳浮腫が12.6%、脳内出血が14.0%にみられました。
大半は無症状でしたがこれらの画像異常の長期的影響は不明です。
さらには、新薬群の方が偽薬群よりも脳の萎縮が進行していたというデータもあります。

認知症の予防・改善には早めの受診を

これらを背景に、アメリカ神経学会が発行している雑誌Neurologyの編集部はX(旧Twitter)で新薬について

「結論として,レカネマブはドネペジルより効果が低く,有害性が大きく,コストが100倍高いことを認識する必要がある」

としています。
私がこの薬に期待することは、新薬が注目されることで「認知症かもしれないけど新薬があるらしいから早めに受診してみよう」と早期受診につながることです。

早期に診断されることで、このコラムでもお伝えしてきたように社会との繋がりを保ち役割や目的を持って生きるという認知症フレンドリーな社会につながっていけばと考えています。

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