弁護士

江口 正夫

1952 年生まれ、広島県出身。東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

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2025/10/10

遺言書の作り方~遺産を受け取る筈の者が相続開始時には既に死亡していた場合の遺言の効力

Q 私Aは、母と弟のBとの3人で生活しており、父Cは既に他界しています。

先般、祖父が亡くなったのですが、祖父は遺言を残しており、祖父の遺産は全て父に相続させるという内容でした。
もし父が生きていたら、祖父の遺産はすべて父が承継したはずで、父の子である私Aと弟のBは、その父が祖父の遺言で相続するはずの祖父の遺産全部を相続する地位を、代襲相続により私Aと弟Bが相続しているのではないかと思います。

ところが、父の兄であるX(叔父)と父の妹であるY(叔母)が、祖父の死亡した時点では、父は既に死亡しており、死者に財産を相続させることは不可能だから、実行が不可能な遺言は無効だと言ってきました。
叔父と叔母は、祖父の遺言は無効だから、祖父の遺産は、遺言がなかった場合と同様に叔父と叔母と父の代襲相続人である私と弟が法定相続分で相続するので、叔父と叔母はそれぞれ3分の1、父の代襲相続人である私Aと弟Bは合わせて3分の1だというのです。

せっかく祖父が父の為に残してくれた遺言書は無効になるのでしょうか?


1 遺言の解釈

今回の問題は、ある特定の相続人に遺産を全て相続させる、という遺言書が作成された場合に、当該特定の相続人が遺言の効力発生時点(被相続人の死亡時)に既に死亡していた場合、その遺言は、当該特定の相続人(父C)に相続させるという趣旨にとどまるのか、それとも、当該相続人が既に死亡していた場合には、当該相続人の子に相続させる趣旨が含まれていたか、という遺言の解釈の問題となります。

遺言書の解釈については、最高裁判所は、「遺言書において表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその 趣旨を解釈すべきものである」としています(最高裁平成3年4月19日第2小法廷判決)。

それでは、本件のような場合に、「遺言書において表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈」すると、結論はどのようになるのでしょうか。

2 遺贈についての民法の定め

民法は、遺贈については、「遺贈は、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは、その効力を生じない」)と定めています(民法994条1項)。
つまり、遺贈については、遺贈は、遺言で遺贈するとされた受遺者(遺贈を受け取る人)限りのものであって、遺贈を受ける者が遺言者より先に死亡した場合には、遺贈を受ける者の相続人は遺贈を受ける権利がないとしているのです。

3 相続についての民法の定め

しかし、相続の場合は、相続人(本件のC)が被相続人(本件の祖父)より前に死亡していた場合には代襲相続(亡くなった相続人(C)の相続人(A・B)が、亡くなった相続人が受ける筈の相続財産を承継すること)により「亡くなった相続人が承継するはずの財産」を、亡くなった相続人の相続人が承継することができます(民法第887条)。

問題は、「亡くなった相続人が承継するはずの財産」とは、祖父の遺言による祖父の遺産全部なのか、あるいは祖父の遺言は無効として、亡くなった父Cの法定相続分である3分の1なのか、ということにあります。

4 最高裁判所の判例

最高裁は、「遺産を特定の推定相続人に単独で『相続させる旨』の遺言は、当該遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、遺言者が、当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生ずることはない」としています (最高裁平成23年2月22日判決)。
つまり、今回の祖父の遺言は効力を生じないとしているのです。

それでは、祖父が、AとBの父が祖父よりも先に亡くなった場合は、孫のAとBに祖父の全財産を代襲相続させたいと思った場合は、どのような遺言を書けばよかったのでしょうか。
最高裁の判例によれば、「遺言者の財産をすべてCに相続させる。万一Cが遺言者より先に亡くなった場合は、Cの代襲相続人に遺言者の財産の全てを代襲相続させる。」との趣旨を記載しておけばよかったことになります。

遺言を作成するときの御参考としていただければと思います。

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