2026/01/10

勤労感謝の日と新嘗祭

もう年が明けたというのに今さら新嘗祭のお話かと思われる方が多いかもしれないが、今年は訳あってこの時期に皆様にお話しておきたい。
理由は後ほど述べたいと思う。

天皇家と藤原五摂家の新嘗祭

新嘗祭(にいなめさい)という行事は、宮中だけに残された特別な儀式のように思われがちだが、かつては必ずしもそうではなかった。
天皇の新嘗祭を中心に据えながら、その周囲では、藤原氏、とりわけ近衛・九条・一条・二条・鷹司という五摂家でも、それぞれの家の中で新嘗にあたる祭りが行われてきた。

もちろん、宮中の新嘗祭と同じものではない。
天皇の新嘗祭が国を代表して神様と向き合う場であるのに対し、五摂家の新嘗祭は、家として一年の区切りを神前で確認するためのものだった。
だが、「収穫が終わったあと、神様にきちんと向き合う」という考え方は共通している。

藤原五摂家は、政治の家であると同時に、祭祀の感覚を強く残した家柄でもあった。
だからこそ、新しい米を供え、家の無事を報告し、次の年へ進むための節目を欠かさなかった。
派手な儀式ではないが、神様との距離を測り直す、大切な時間だったのだと思う。

そして重要なのは、これが完全に過去の話ではない、という点だ。
五摂家の中には、形は簡略化されながらも、今も新嘗に相当する祭祀を家の内側で続けている家がある。
公に語られることはほとんどないが、「やめた」のではなく、「静かに続いている」という言い方のほうが近い。

それは、見せるための伝統ではなく、守るための習慣だからだろう。
国家の表舞台から退いたあとも、収穫の終わりに神様に向き合うという感覚だけは、手放さなかった。
そこに、藤原氏が長く続いた理由の一端を見ることもできる。

新嘗祭の役割

宮中の新嘗祭と、五摂家の新嘗祭は、上下の関係ではない。
役割の違いだ。
天皇は国のために神様と向き合い、摂家は家のために神様と向き合う。
同じ年、同じ実りを前にして、それぞれが自分の場所で「今年の終わり」を整えていた。

新嘗祭には、感謝と同時に別れの意味がある。
収穫が終わるということは、神様の仕事が一段落するということでもある。
何もせずにいれば、人は成果だけを手にして、神様の存在を忘れてしまう。
易の言葉を借りれば、神様が先へ行き、人が置いて行かれる状態だ

だからこそ、宮中でも、そして今も一部の五摂家でも、新嘗は行われ続けている。
成果が出たあとに、もう一度だけ神様を呼び止めるために。
「ここまで来ました」と伝え、きちんと区切りをつけてから、次の季節へ進む。
その一手間が、人と神との距離を保ってきた。

勤労感謝の日という名前の下で、私たちは働いた結果を祝う。
しかし本来、新嘗とは、結果そのものよりも、そのあとにどう振る舞うかを問う行事だった。
国でも、家でも、人でも同じだ。
神様がそばにいるうちに、きちんと頭を下げられるかどうか。
新嘗祭は今も、静かにその問いを続けている。

ちなみに私は毎年藤原五摂家のうちの二條家の新嘗祭に弟子として手伝いに参加する。
そこで一連の儀式が朝方に終わると神様が「卦」を置いて行かれる。
卦は次の年を占うような意味があるのだが、年明けになぜ新嘗祭のお話をしたいのかという理由は皆様に二條家で神様が残された「卦」を是非お伝えしたかったからである。

卦はどういう意味か聞いてはいけないそうだから、皆様自身でこの卦を聞いて今年の日本について考える材料になれば嬉しいと思う。

以下が二條家新嘗祭で神様から頂いた「卦」である。

「てんちめいどうす、こころせよ。さくはきょう」

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