【まごころ通信】 第54話 ペーシュ・メルバ by小峰裕子

桃といえば果実は7月、全国的にも出荷量のピークらしく、まん丸の桃の甘い香りが店先にも漂い始めます。桃は整腸作用があるそうで、うぶ毛を落として皮ごと食べるとなお良いそうです。

桃のスウィーツも7月ならではの一品。ゼリーにくるまれた果汁したたる極上の和菓子もいいですし、桃のジャムも捨てがたい。ただ断然のおすすめは「ペーシュ・メルバ」。(ピーチをフランス語でペーシュというそうです)シロップ漬けの桃にバニラアイスが添えられていて、そこに甘酸っぱいソースがかかっていまして香ばしいアーモンドがパラパラと…。左党をもうならせるお菓子のひとつです。

好きすぎていろいろ調べてみたところ、今から約125年くらい前にロンドンのサヴォイホテルにネリー・メルバさんというオーストリアの歌手が滞在していて、料理長のオーギュスト・エスコフィエさんというフランス人の方が彼女のためにわざわざ創作したんだそうです。今やオーソドックスなレシピだと聞きましたが、大の桃好きとしては「よくぞここまで趣向を凝らしてくれた!」と、背中を叩きたいくらいです。たいそう気に入ったメルバさんが料理長に名前を尋ねたところ、「ペーシュ(桃)・メルバと呼ばせていただけたら」という、ほんのりと桃のように上品で優しいエピソードです。

冷蔵庫もない時代にバニラアイスだけでも贅沢なのに、桃と組み合わせるなんて天才だと思います。実際歴史に名を刻むほどの料理人だそうですが、桃の缶詰で案外素人でも作れてしまうところが、現代に生きる我々の罪深さなのかも知れませんね。とは言ってもメニューに載っていたらラッキー、桃の季節だけ巡り会える贅沢です。