【まごころ通信】 第35話 名護屋城跡 by小峰裕子

佐賀の名護屋城跡に出かけてみました。福岡からだとイカで有名な呼子町の少し先、玄界灘に面する高台に本丸跡を中心とした巨大な城跡が残されています。

知っての通り、名護屋城跡は、1592年、豊臣秀吉の朝鮮半島出兵の際の拠点として築かれた城です。大阪城に次ぐ規模だったそうで、整備された城内を巡り、天守台から遠く壱岐・対馬が望める玄界灘を見渡せば、歴女でなくても壮大なロマンを感じる光景です。

行くまでは小さな集落を想像していましたが、見事に裏切られました。名護屋浦という入り江付近から波戸岬まで、全国から集まった大名の陣屋が散らばっていて、博物館でもらった資料によれば、その数は130以上。城下町には京や大阪堺の商人、農民もいて、人口20万人を超える規模だったそうです。東京都渋谷区の人口が約22万人ですから、地元の人は驚いたことでしょう。城の設計は黒田官兵衛。各大名の分担によって5ヶ月で築城されたそうで、雄大な石垣を見上げたり石の階段を上り下りしながら、天下人秀吉の力を肌で感じました。しかし1598年に秀吉が亡くなり役目を終えると 諸大名たちも立ち去ります。忽然と姿を現した大都市は、わずか6年で消えてしまうのです。

全国から戦国武将たちが集結していた陣跡。名護屋城を囲むように加藤清正、伊達政宗、前田利家、上杉景勝、徳川家康、そしてあの真田昌幸の陣も建っています。大小の船が朝鮮半島に向けて出発する様子を想像しながら、桜の季節にもう一度来ようと決めました。