【まごころ通信】 第20話 花の名前を教えてくれた人 by小峰裕子

元々覚えがいい方ではなく、これまで出会えたすべての人を覚えているわけではありません。ご縁の深さにもよるのでしょうが、私にはそういうこととは無関係に忘れることができない人がいます。それは「花の名前を教えてくれた人」です。  子どもの頃の話です。夏休み、友だちとお稽古事の帰り道だったか「あの白い花はムクゲ、一日でしぼんでしまうよ」 ブロック塀を乗り越えて黄色い花をいっぱい咲かせた庭木を指さして「キンシバイは禁止??」、玄関先で紫の花を眺めていると「キキョウはね、秋の七草って知ってる?」。毎年その花を見るたびに幼かった友だちの横顔が場面と共に思い浮かぶから不思議です。もう何十年も昔のことなので、何十回も思い出していることになります。

「別れる男には花の名前をひとつ教えておきなさい。花は毎年必ず咲きますから」。川端康成の小説「雪国」のあまりにも有名な一文を知ったのはずっと後のことでした。毎年その女性を思い出す男性は、よほどマメなのだろうと感心したものでした。叙情的な印象を受けますが、女性の秘めた烈しさが込められているみたいで、花の名前とノーベル賞受賞作家は相当手強いものですね。

歩いていると結構花をつけた草木を目にします。だんだん季節の移ろいに敏感になるのか、今を生きている感じがとてもいとおしく、可愛く見えるのでした。名前を知っていると、特にそう感じます。

花が嫌いな女性は少ないですから、男性はもっとプレゼントするといいと思います。何百円の小さな花束でいいのです。「最近忙しそうにしているから」とか「秋っぽかったから」とか言いながら、コスパの良さが実感できますよ。花の名前はお任せします。