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カテゴリー: まごころ通信

【まごころ通信】 第47話 年は越えるもの by小峰裕子

2017年12月25日

さて、12月です。12月はどちらかと言えば苦手、理由は「絶対すべきこと」が多すぎるからです。しかも先延ばしできないことばかりです。それはなぜか。新年が控えているからです。

忘年会やクリスマスなど楽しいこともたくさんあります。そのための時間と費用の捻出は大切ですが、当然、使える時間もお金も減ります。何とかやりくりして楽しむだけ楽しんで、仕事納めの後、風邪を引いたりするから困ったものですね。

そんな忙しい年末にまつわる言葉を集めてみました。「つめづめ」さんという苗字を知っていますか?漢字で書くと「十一月二十九日」さんです。今、実在するかは不明ですが、「29(にく)」の日ばかりに注目せず、この日を行き詰まりのぎりぎりモードにならないよう、警告の日としたいものです。ちなみに「十二月一日」さんは「しわすだ」さんです。12月8日は「事納め」でその年の農事等雑事をしまう日、そして12月13日は年神様を迎える準備を始める正月事始めです。昔はこの日に、門松やお雑煮を炊くための薪等、お正月に必要な木を山へ取りに行ったそうです。前日の12日は「今年を表す漢字」が京都の清水寺で発表されますが、気忙しくなるのもこの頃です。無事に除夜の鐘が聴けるのかどうか、勝負の日々の始まりです。

前もってできることは少しずつやれば大ごとにならずに済むのですが、毎年やれていません。お盆は「過ぎる」ものですが、年は「超す」ものです。ハードルの高さがそもそも違うのです。こころして過ごすべき、それが12月です。来年もみなさんに毎日幸せが訪れますように。

 

【まごころ通信】 第46話 伝える力 by小峰裕子

2017年11月26日

話芸とはこのことだったのか!10年ほど前でしょうか。突然、落語の魅力に目覚めました。友人から「落語のチケットが回ってきたから行かない?」と誘われたのですが、最初の関心はもっぱら終わった後の食事でした。

それまで落語といえば、古くさい噺をお年寄りが楽しむものぐらいに思ってました。落語家は「桂歌丸」始め数人の出演でした。テレビに出ている人を眺めに行くぐらいの気分で、おそらく退屈な時間になるだろうと決め込んでいたらびっくりです。新しい世界がポッカリと現れたのです。

演者である落語家は、物語の登場人物を巧みに演じ分けます。座布団に座ったたったひとりの落語家を見ているはずが、自分の目の前に物語の世界がどんどん広がって見えてくるのです。舞台セットはありません。声の抑揚、顔の表情、間の取り方、気がついたら勝手に想像力が働き出し、タイムマシンもないのに脳内が江戸になっていて、笑いあり人情ありからの観客との一体感ある話芸に酔いしれました。その日の最後の演者は桂歌丸師匠でしたが、絶妙なアドリブや「艶」と言ってもいい言葉以外の表現力は圧倒的で、磨きがかかった話芸は「伝える力」そのものと素直に感動しました。

それからというもの、毎年、博多・天神落語まつりに出かています。落語家は「笑点」や、バラエティ番組に出ている人だけではありません。関東だと「三遊亭」「林家」「桂」「柳家」などがありますが、師匠が違いますから個性豊かです。本当はホールではなく、「寄席」で木戸賃を払い気軽に楽しみたいのですが、その時は願わくばもう一度、桂歌丸師匠の噺を聴いてみたいモノです。

【まごころ通信】 第45話 気が利く人になる道 by小峰裕子

2017年10月29日

後に使う人のことを考えない、言われたことしか動かない、こちらが気を利かせていることに気づかない、「この人って本当に気が利かないよね」確かにそう思います。

「言われただけをやる月給泥棒、言われた以上をやる普通の人、言った人が思う以上にやる上出来な人」と、学生時代アルバイト先の店長から言われて衝撃を受けました。上出来な仕事でなければ、必要な人と思ってもらえないと思い知ったのです。

気が利かない人は、寸分漏れずに仕事ができません。それからというもの、性格を変える気持ちで次のようなことに挑みました。

「先回りする」「相手の手間を減らす」「周りに関心を持ってよく観察する」「人が面倒くさがることでも自分にできそうならする」「すぐやる」。他にも「真似する」というようなことも、試みたりしました。それでも気が利く人間になれたかといえば、自信なしです。未だに自分にダメだしすることなんて、しょっちゅうあります。気が利く人になる道は険しいのです。

 

忙しさを理由に自分本位な仕事をしたり、臨機応変な対応を避けるようになってはいませんか。雑用とて侮ってはいけません。ファイリングを例にしても「誰がやったのか」で、その後の使い勝手が違うことは皆さんも経験済みですね。どんな仕事であろうとも、気が利く人の振る舞いは相手や周りを嬉しい気持ちにしてくれます。それは思いやりであったり、ちょっとした譲り合いの気持ちからだったりするのでしょう。「察する」という超能力?といってもいい文化を持つ日本人。自画自賛ですが、私たちは想像力豊かな仕事人なのです。

【まごころ通信】 第44話 志賀海神社と阿曇(あずみ)族 by小峰裕子

2017年9月21日

遡ること3年あまり、ふと思い立って志賀海神社を参拝しました。車だとつい窓を開けたくなる「海の中道」を渡り志賀島に入ると右前方、小高い山の中腹に神社はあります。

人影はそれほどなくて、本殿を参拝した後「亀石」や「鹿角堂」などゆっくり散策。ところが立て札に書かれた由来を読んで驚きました。神功皇后のお名前が記されています。伝説の人物、応神天皇のお母さんです。

そんな高貴な方がなぜ志賀島までやって来たのか、それは「三韓征伐」のためです。神功皇后は身重の身体で軍を率い、海を渡ったと言われています。その際、舵取りを務めたとされるのが海の民であった阿曇氏、阿曇磯良その人でした。博多湾沿岸を拠点とし、対馬海峡や玄界灘を庭のようにして暮らしていたのでしょう。国宝の金印が出土したのは志賀島です。阿曇磯良は、軍事だけでなく大陸との交流の窓口として重要な役割を占めていたことがわかります。時代が進み、やがて阿曇族は歴史の舞台から姿を消してしまいますが、志賀島から全国に散ったとされる場所には安曇・厚見・渥美・阿積・泉・熱海・飽海などの地名として、今も残っているのでした。

そもそも三韓征伐や神功皇后は、架空の作り話との説もあります。ただ、私たちの地元やその周辺には神功皇后にまつわる地名も多いですし、

神社の祭事として継承されてもいます。神代より「海神の総本社」「龍の都」と称えられるほどの志賀海神社。宮司は代々阿曇家です。参拝して古代史のロマンを探訪してみるのも楽しそうですね。開門は朝6時、日の出の頃がおすすめです。

【まごころ通信】 第43話 自分への合図 by小峰裕子

2017年8月30日

長いようで短い夏、皆さんはどんな計画を立てていますか。なぜかしら冬休みや春休みよりずっと鮮明によみがえる記憶、それが夏休み、夏のひとコマではないでしょうか。

「夏と言えば○○!」と、誰もがひとつふたつ思い浮かびますよね。幼い頃の記憶、小学生時代や多感な10代の思い出、若かりし時代などふり返れば、その時々お世話になった方や出来事を思い出します。ただ現実は、それ以上に忘れてしまって思い出せないことも膨大にあるわけです。

人の記憶というのは脳の「海馬」という場所に一時保管され、その中から必要な情報だけが大脳皮質に送られ、長期保存されるのだとか。そして海馬の隣には扁桃体という直径1センチほどの器官があって、好き嫌いや快不快の感情を海馬に伝えているそうです。つまり心を揺さぶられる出来事があると、自分自身の喜怒哀楽と共に記憶にとどめているものなんですね。褒められたこと、しかられたこと、恥ずかしかったこと、悔しかったこと、楽しかったこと。過去の体験は潜在意識として長期記憶されていて、無意識に今の自分に影響を与えているらしいのです。

「これ良いね」「やめた方がよさそう」。何気ない選択、そして直感は、脳から送られる自分への合図です。少し意識して、あえて逆の判断をしてみてもいいかもしれませんよ。考えているばかりでは記憶の蓄積はできません。「何を体験するか、してきたか」は、その人らしさを表します。

歩き出せば道ができます。体験を積み重ねることは我が道を生きることにつながります。夏の計画といえどもおろそかにできないのです。

 

 

【まごころ通信】 第42 話 道具 by小峰裕子

2017年8月27日

我が社のDIY好き社員が、ついに階段下の倉庫内に整理整頓の棚を作り上げました。高さもある大空間を見事に活かした大小の棚は、圧巻というべき仕上がりです。奥に何があるのか仕舞い込んだ本人もわからないというようなこと、ありますよね。おかげさまで、断捨離もできて良かったです。ありがとう。

最近よく耳にする「DIY」は「Do it yourself」の略で、専門家に任せず「自分でやろう」という事です。以前は大工箱が家の物置には必ず置かれていて、ちょっとした造作や修理などに道具を使う場面が日常的にありましたが、今は大工箱がなくても暮らしに困ることは少なくなりましたよね。

母方の祖母の実家は材木屋、父方の祖父は小さな土木屋の親方でした。そんな両親の元で育ったせいか大工さんは割と身近な存在でした。鉋(かんな)で削られていく木板を眺めたり、鑿(のみ)で材木に穴を掘ったりする様子は、見ていて飽きることがありません。あっちに行けと怒られますが、休憩時間に切れっ端で遊ばせてもらうこともありました。厳しく言われていたのは、「道具をまたぐな」ということでした。鋸(のこぎり)や金槌、手斧(ちょうな)、差金(さしがね)、錐(きり)、色々な道具がきちんと納められた木製の大きな大工箱は、家の大工箱とは全く違う、触れてはならない物でした。

大工さん達は「道具が仕事をしてくれるんだ」とも言ってました。電動の道具もなく、加工品もなく、はじめから手作りだった時代です。DIYで職人の仕事が見直されるなら、ブームではなくずっと続いてほしいものです。ちなみに高校生になるまで、玄関の郵便受けは母のDIYでした。皆さんも親に聞いてみて下さい。ひとつぐらい作品があるはずです。

 

 

【まごころ通信】 第41 話 フィードバック by小峰裕子

2017年8月27日

「都民ファースト」を掲げる小池百合子都知事の座右の銘、それは「失敗の本質」という本でした。日本の敗戦は日本軍の組織としての失敗であったとして、現在も組織運営の教訓として取り上げられる一冊です。

組織に共通するのは、理念を共有し、目的の実現を使命とする人々が集合し、成果を出すことで世の中に評価されるということです。やりたいことが同じでも、使命感を持たない人の集まりはSNSやサークルなどの仲良しクラブ、つまりコミュニティです。

コミュニティは当社にも必要です。ただ、それが皆さんにとって良い仕事につながるかといえば違います。「良い仕事」とはどういう意味でしょうか。それはプロとしてお客さまに信頼される仕事を指します。皆さんは「ひとつの行動や言動がもたらすお客様の反応やその結果」について、社員同士で具体的に伝えていますか。「あなたのやったことは間違いではないけど、良い反響につなげるにはこうしてみたらいいよ」。これをフィードバックと言います。仕事に慣れてくると、流れ作業になってしまい、対応がおろそかになります。「あら?」気が付いたらを遠慮せず、その場でフィードバックしてみませんか。

「失敗の本質」には、日本軍が組織の融和と調和を重視するあまり、自己革新能力を持つことができなかった(あとがき)とあります。自分ができてないことは指摘されないと案外わからないし、相手に関心を持つことで別な考え方があることを学べます。ただし思いやりを持って。「あなたがこう言ったから、クレームにならなかったね」とういうのもフィードバックです。革新をもたらすのは、毎日の少しばかりの心がけです。

 

 

【まごころ通信】 第40 話 仲良く by小峰裕子

2017年8月20日

太宰府天満宮に行ってきました。勉強会の仲間と本殿に昇殿させて頂き、祈願してもらいました。代表しての玉串奉奠は、大変緊張しました。予習して行けば良かったです。

権禰宜の松大路信潔氏に境内を案内して頂き、講話を聴きました。「古事記」を中心に日本の成り立ちを学んだのですが、奥深さを知るほどに「なぜ誰も教えてくれなかったのだろう」と思います。今回はその一端を書きます。

「古事記」を読んだことがなくても、「因幡の白ウサギ」などの神話や、「イザナギノミコト、イザナミノミコト」「ヤマトタケル」といった、日本の神様の名前を聞いたことはありますよね。アーノルド・トインビーという歴史学者は、世界中の民族を研究して「12~13歳までに自国の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅びている」と発表したそうです。神話だけでなく、私たちは近代史の教育も受けていません。講話を聴きながら、私は日本人としての価値観を作らず今日まで来たことに気がつきました。他人(他国)と仲良くするためには、自分(自国)を知り大切にすることです。自分を大切にできない人に、他人が何を大切にしているかわからないのと同じです。「大切にしているのが何かわからない人(国)」ほど信用できないものはないでしょう。価値観、つまり信念がない人(国)だからです。

菅原道真公が太宰府に左遷される時、周りの方々も付いてこられたそうですが、今も太宰府天満宮をお守りしていらっしゃるのはその子孫の方々です。37代目権禰宜の松大路氏は「すべては神様、そしてご先祖様からの、そして子孫のための預かりもの」と語られました。樹齢千年を超える楠に悠久の時を想います。

 

 

【まごころ通信】 第39 話 もうひとつの工夫 by小峰裕子

2017年8月20日

「工夫をこらす」「工夫次第」などと、日常的に使われる「工夫」という言葉。実は、禅語から来た言葉だということを知りました。禅語における工夫の意味は、「一心に修行に励むこと」だそうです。

座禅が「静の工夫」なら、作務は「動の工夫」とされているそうです。ということは、修行というものはじっと座っているだけでは、達成できないものなんですね。お寺の屋内外を清めることは、修行としての「動の工夫」になるのです。福井県の永平寺というお寺で、隅々まで磨き込まれ廊下や塵ひとつ落ちていない階段を歩きながら、とても静謐な気持ちになったことを思い出します。

わたし達の仕事で「静の工夫」はというと、それは「学び」だと思います。「宅地建物取引士」は国家資格ですが、他にも「不動産コンサルティングマスター」や「サーティファイド・プロパティー・マネージャー(CPM)」といった認定資格でありながら、高度な知識を学ぶ場もあります。ただ、資格があるから仕事が出来るわけではありません。「論より証拠」ともいいます。知識だけで仕事をしている人の話しより、実務体験が豊富な人の話のほうが、聴いていて身が入るのはいうまでもありません。察するにそれは車の両輪のようなもので、実務という「動の工夫」が伴わなければ、私たちの成長はないのでしょう。

さて、皆さんは「静の工夫」「動の工夫」のバランスは取れていますか?考えるばかりでは前に進みません。全力で動くことも工夫です。永平寺ではないですが、静と動の調和が取れると、気持ちがピンと張って清々しいと思いますが、どうでしょう。 季節は春です。一心に学び、そして行動を起こしましょう。応援しています。

 

 

【まごころ通信】 第38話 こころの内なる物差し by小峰裕子

2017年7月23日

伊藤若冲(1716-1800)という江戸期の画家を知っていますか?昨年春、東京都美術館で生誕300年を記念した展覧会が催され、大変な人気ぶりでした。知人は入室まで2時間待ったそうですが、多くの人々の注目を集める画家だけに、一度は観てみたい気がします。

美術館や博物館という空間は、静謐で造りも贅沢に建てられています。若冲のように華々しい催しでなくても、鑑賞後にゆっくりお茶して、散策するだけでも気持ちが落ち着きます。時代を超えて残るものは紛れもない「本物」ですよね。美術に限らず、工芸品や音楽、舞台、演劇などすべてそうです。時代という圧力に負けない本物を肌で感じる、時々そういう時間を持つようにしています。

今、流行っているもので、何十年、何百年後残っているものがどれくらいあるでしょうか。作り手はやがて亡くなりますが、本物だけは人々の手により受け継がれていきます。得てして、物事はあれこれ考え出すと何が正しいのかわからなくなります。自分の内なる物差しが曇って見えにくい時は、本物に触れると視界が開けるから不思議です。「このやり方でいいんだ」と迷いが消えるのです。

 

「本物=師匠に出会えた」という幸運な人もいます。私にも師と慕う人がいましたが、もう会えなくなりました。私たちは不動産や相続対策という、高額な財産に関わる仕事をしています。目先の利益や理屈で動けば、相手はすぐ見抜きます。

自分は本物の仕事が出来ているだろうか、今は自問自答の日々です。こころの内なる物差し、皆さんは何としていますか。考えてみてはいかがでしょうか。

 

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